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「オオチチッパベンケイ育成と観察の記録」〜その3〜

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右の写真は日射しが強くなる5月のオオチチッパベンケイである。ところでオオチチッパベンケイは双子葉植物(離弁科類)ベンケイソウ科ムラサキベンケイソウ属(学名:Hylotelephium sordidum (Maxim.) H. Ohba)の植物で、環境省の絶滅危惧種に指定され茨城県レッドデータブックに記載される貴重な植物であり、茨城県大子町の生瀬富士と福島県伊達市雨乞山の2箇所だけに生息する珍しい植物でもある。しかし近年登山者や野草業者などに盗掘され絶滅の危機に瀕し、これを危惧する私たちは、2003年に地元大子町の有志と種子を採取し増殖し、長く生存させるため2007年2008年と大子町山中に移植し保護活動をしてきた。さらにこれまで観察し判明した性質、特に花と葉の色の関係について私見を報告する。

1.オオチチッパベンケイとの巡り会い

最初にオオチチッパベンケイを見たのは、2003年11月下旬大子町の山中で植物観察をしていた時である。同行したのは大子ジャーナル編集長小室久氏、地元の林業家の根本氏、森林インストラクター茨城の会員で奥久慈いこいの森管理事務所長の永瀬瑞雄氏と私の4名だった。特に紹介するが、小室氏は大子町の植物や地質など自然に造詣の深い人で、父君の故小室健氏は「奥久慈の植物と自然の風景」を執筆した著名な植物学者である。

山中の切り立った岩崖縁の狭い道を散策中、小室氏が突然「これはオオチチッパベンケイと言う名前の植物で絶滅危惧種です。」と独り言のように説明をしてくれた。既に晩秋だったので花は枯れていたが種子があると思い果実を採取した。背後には岩崖の縁につながる雑木林があり、正面方向は上下部が広く開け日当たりの良い崖の上で、土壌は薄いA0層(腐葉土類)の場所だった。また周辺の岩壁には何株かのオオチチッパベンケイが見られ、その他シダ類のイワヒバなどが生息していた。さらに雑木林は20度から30度以上の急斜面で、木本類は、ナラ(コナラやミヤマナラ)やカエデ類、サイカチやヤマハギ、近くにはヒノキの植林地など、また草本類は、キヌタソウ、オヤリハグマなどハグマ類、モミジガサ、マルバマンネングサ、オニドコロ、ハルリンドウやオケラなどが見られこの近辺では変哲のない普通の山だった。

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2.オオチチッパベンケイの子育て

2003年晩秋に採取した枯れた果実を、2004年1月に自宅(ひたちなか市)の庭に蒔いたところ3月下旬には3株の小さな芽が出て、6月には10cm程度の元気なベンケイソウらしい植物に成長した。また10月には200個あまりの薄いピンクと緑白色の花を混生して咲かせたが、種子は見つからなかった。翌2005年1月、枯れた株の根元には小さな赤い芽(2年生)が顔を出し、3月には株の周辺に数個の実生が見られ、夏を過ぎると20cmほどに成長し10月には多数の花を付けた。しかし枯れた果実を丹念に調べたが種子はまた見つからなかった。

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2007年10月には30株以上に増えた株に総計2、000個以上の花が咲き、12月には多数の果実が得られた。2008年1月、果実が充分に乾燥した後に実体顕微鏡で観察すると0.2mmほどのハート形の種子が観察できた。果実はアオギリのように種子を心皮の内側に付けた構造をしていた。翌2008年春に1,000株ほどが発芽しほぼ600株が順調に成長した。しかし2008年の秋は雨が多かった影響で、前年の半数以下しか花を付けなかったのは残念だった。

しかしこれまでの経緯を総括すると、オオチチッパベンケイは「比較的容易に育てられる植物」であったと思う。またこの2,3年は春と秋とに、特に若い芽の茎や葉がヨトウムシの食害を受けたが、大きな被害にはならなかったのは幸いであるが、注意しなければならない事項だ。

3.オオチチッパベンケイの観察

(1)環境条件(水分の影響)

オオチチッパベンケイはベンケイソウ科の仲間であり水分の少ない環境がよい、と言うよりは水分の少ない方がよりよい環境であるように思える。多くのベンケイソウ科の植物は岩場やガレ場のような場所を好んで(?)生息するが、乾燥地でも充分な生活能力を持っているようだ。

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また、初夏の頃では日射しが強くとも水分が過剰になると紅葉、黄葉後に落葉し、9月の頃に雨で水分が過剰になると落葉することが多く、一般的に落葉後は新しい葉を出すが、花芽をつける秋には葉は出さない場合が多い。2008年秋は9月に雨が多かったので月末には落葉してしまい、10月には例年に比較し極めて少ない数の花しか咲かなかった。その後落葉した枝は11月に新しい葉を出し花を咲かせたが、時期が遅かったので果実をつけるまで成長しなかった。(右上)

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(2)オオチチッパベンケイの葉と茎の色

オオチチッパベンケイは季節により色が変化して見える傾向がある。細かく見ればそれぞれの季節(時期)でそれぞれの部分が明確に赤や緑色に見えるのだが、全体として感じる色は、5月頃に赤く盛夏のころは緑色である。

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発芽時70%くらいの個体は葉や茎など全てが緑色で、残り30%ほどが赤い色である。しかし少し成長し5月頃になると、葉表は緑色で葉裏や茎は生え際から序々に濃い赤色になる。この時期、葉表は縁色であるが、葉のふちまで赤くなるので視覚的に赤を強く感じ、全体が赤く見えるようだ。また夏から秋にかけては赤い色が少し後退し逆に緑色に感じ、さらに花芽ができるころには茎の先端部は緑白色に見えるようになる。

また2年生以上の株は春先に古い株の根元に、小さなユリの球根に赤く色づけしたような真ん丸の芽を出す。この芽はキャベツと同じように葉裏が見えるので赤いが、個体によっては緑一色であったり、緑色に赤い色素を散らした個体や、なかには葉表まで葉裏同様に赤い個体もある。しかしこれは成長するにつれて前記した実生と同様に色を変化する。

(3)葉と茎の色と花との関係

ところで葉・茎と花の色との関係だが、植物学的に花は葉が変化したもの、というから葉と花の色が関係しているのは当然である。私が育てているオオチチッパベンケイが一般的な花の色であるか否かは、他地区(福島県雨乞山)の個体を見ていないので明らかでないが、少なくとも葉の裏の色は緑白色と赤色の2種類がある。

葉や茎の色は、時間の経過とともに生え際から頂芽に向って変化する。生え際は特に濃い赤で、それが頂芽に向って徐々に薄い赤に、またさらに緑白色に変化する。これは生え際付近に濃い色素があり序々に頂芽方向に伝播(または緑の色素が赤い色素に変化)すると考えると納得できるが正しいだろうか。色の度合は濃い赤は色素の密度が高く、薄いのは密度が低く、緑白色の部分は赤い色素が極めて少ない結果であることは間違いないだろう。また頂芽周辺の緑白色のものは若い固体に多く見られが、葉や茎の成長が色素の伝播より早いことに起因すると考えられなくもない。さらに理由は判らないが前記したように季節により葉や茎の色素が微妙に伝播方向を変えるのは何とも不思議な現象だ。

1)花芽の形成

9月頃になると頂芽付近は急に成長を速め、茎が伸びて複散形花序を形成し、先端に多数の花柄ができ、また花柄の先端に小さい赤い点がつく。この赤い点が成長し蕾になる。この時期に成長した茎や花柄は緑白色や小豆色をしている。

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2)蕾と花

蕾は直径5mmほどの薄い緑白色に少しピンクが入り、先端が少し濃いピンク色のものが多い。ピンク色の部分は個々の枝や株によって多少の大きさに違いがあるが特に重要な関係はないようだ。

開花すると星形の可愛い離弁花で花弁の色は3種ある。白と薄いピンクそれに薄い緑白色であるが、純白の花は遺伝的に野生種にはないと言われるので、白は極めて薄いピンクとすれば2色の花を咲かすとする方が正しいようだ。その2色の花は枝毎に混生するものと、また枝別に異なる花をつける。ほぼ70%以上は混生した色の花弁を持つ花の集合だ。

3)心皮(子房)

薄いピンクの花の心皮の先端は薄いピンクと濃いピンクがある。またピンク部の面積は10%程度だが花により多少の違いがある。しかし緑白色の花の心皮は花弁と同じく緑白色である。

4)葯

当然のことだが花弁や心皮の色に係わらずどの花の葯も全て赤い。赤い葯はもちろん熟すと表面が剥がれて落ち、中は2枚の皿の糸尻を突き合わせたような(滑車の車部のような)構造で皿の上に黄色の花粉を山盛りにする。葯の表面の皮は皿の上側、料理を盛る方向に、サランラップでカバーするように覆っている。

5)以上の結果を結論とまでは言い切れないが纏めると、

①ピンク色の心皮(子房)はピンク色の花にでき、緑白色の心皮は緑白色の花にできる。

②花の色は花柄の色との関係が深い。

ピンク色の花は赤い花柄に、緑白色の花は緑白色の花柄に咲く。赤い茎の先端につく花柄は赤いのも緑白色のものもある。しかし緑白色の茎の先端に赤い花柄はつけない。これが茎の色素と花の色素との関係を決定する要因だと思うが、「花の色は茎から伝播した色素による」と結論するのは無理だろうか?茎と花柄を色素が伝播し花弁の色を決めると言う意味だが。

しかし結局のところ、この2種類の色の花は採集した兄弟の種子から始まっている。同じDNAを持つ花だから私の推測が違っているかもしれない。今後も茎と花柄と花の色の関係を注意深く観察し確認していきたい。

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4.食害

春の5月から6月の頃、また秋の9月から10月にヨトウムシは発生する。写真のように若い個体が食害を受けた。当初何に食われたが判らなかったが、会員の飯島和子氏から「ヨトウムシ」ではないかとご教示を頂いた。調査したところ通常ヨトウムシは茶色だが、我が家の虫は黄緑色で成虫は白い蛾であった。さらに調べるとヨトウムシの中にシロイチモンジヨトウの名があった。「これだ!」と思い安心したのか以来詳細を調べてない。

ヨトウムシは「夜盗虫」で夜になると土の中から出てきて野菜(カブやキャベツ等)を食べ、翌朝にはまた土の中に戻るという家庭菜園家の敵だ。私が見つけたのは夕方コウモリが飛ぶ時刻で、懐中電灯で照らすと葉の上にいてその下の葉には黒く光る糞があった。ヨトウムシに手を触れると「コロリ」と落ちて丸まって死んだふり(?)をした。その後1時間ほどは写真のような状態で寝そべっていたがその後忘れてしまったら逃げてしまったらしい。

対策は土の表面の穴を探してオルトラン粒剤をまけばよいと薬剤の効能書にあった。毎日観察することができなかったので食害を見つけては散布したがそれで充分だと思った。しかし株の周りの土に小さな穴があればその中にいると言う。今年は穴を見つけて探してみたい。

5.移植と盗掘

可愛がって育てたオオチチッパベンケイを2007年と2008年の2年間に約100株、種子を採集した山中に移植した。2007年には移植した40株中の38株は盗掘に合い、2008年は盗掘を避け花後の11月に移植した。今年の晩秋は盗掘に合わないでくれと心配で祈るばかりだ。

盗掘にあったオオチチッパベンケイはある野草展で販売されていたと聞く。盗掘し販売した人、またそれを購入した人、ともにこの花の名も絶滅危惧種であるのも知らないだろう。保護活動は植物の知名度を上げることが対策の一つになるだろうが、逆に盗掘を促進させることにつながる恐れもある。何か良い方法があればと頭を悩ませる昨今である。

6.反省

今回の報告は「自然観察は対象をよく見ることから始まる。」の言葉を心底実感する機会になった。観察会で「写真を撮る前にまずよく見て下さい。」と今まで繰り返し言ってきた。しかしこの報告を書きながら、私自身が観察対象を必要な角度から詳細に記録しなかったことに気付き、またそれ以上に観察前のテーマ決めと計画の甘さを知り、改めて「観察」の重要性を認識する絶好の機会になった。

最後に、私はこの半世紀近くを電気・電子工学の世界で過ごし、植物に関してはこの数年前から博物学的な興味で観察や調査をしてきたズブの素人である。それゆえに本報告で無知であるが故の間違いや不適当な語彙の使用等が多々あると思うがご容赦いただきたい。また文中の誤りや今後の観察におけるご指導などをいただければ幸に思う次第です。

森林インストラクター茨城 林 聰一郎

最終更新日:2009年2月14日
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